社畜はなぜ倒れるまで働く?

過酷な労働環境に心と体が耐え切れず

過労で倒れてしまったり

ストレスが祟って鬱病を患ってしまったり

最悪の場合過労死や自殺という言葉も社畜に良く結び付けられます。正常な判断ができないほどに追い詰められていることもあるでしょう。

なぜそうなるまで会社で働き続けてしまうのでしょうか?

そこまで働き続ける理由は何?

少し立ち止まってみてはどうでしょうか。

社畜といわれてしまう一つに、会社の言いなりになっているという節があります。

会社の命令に抵抗できず、自分の本音は出さず黙々と命令通りに動き続け、
どんどん疲弊していってしまう感じ。

奴隷という言葉にも近い状態ではないでしょうか。

なぜ奴隷になってしまうのでしょうか?

 

自分自身を無能だと思っていませんか?

例えば、出身は南の沖縄のほうで、今まで雪なんてほとんど見たことがありませんでした。スキーやスノボなんてできるわけがありません! とか

今まで箱入り娘でしたので、包丁を握ったこともありません。料理なんてできるわけがないです! とか

似た構文でこういうのはどうでしょうか?

私はこの会社でしか働いたことがありません。ほかの所に行っても
私が働ける場所なんてありませんよ!

何か自分で決めつけてしまった ”自分ができないこと” を
作っていないでしょうか?

もしこんな事を考えているのであれば、ぜひ一度考え直してください。
ちょっとのその考えは早すぎるような気がします。

実際同じところで働き続ければ、脳や知識が凝り固まってしまうという
表現もできなくはないですが、決してそれが今の職場でしか使えないもの
とは限りません。

今の職場で毎日聞いた当たり前の常識や、
今の職場で毎日していた朝飯前の動作が

他の職場で働けないなんて誰が言ったのでしょうか?

 

あなただけです。
あるいは今の職場の上司だけです。

 

そういった今の職場外の意見が全く含まれないまま積み重なった
”自分ができないこと”  が、自分の視野を狭くしていませんか?

狭い視野が狭い人間関係を生み、偏った意見によって考えも偏り、
どんどん歩幅が狭くなり、限られた世界しか歩んでいませんか?

過労死はどこにも歩を進めなくなって
ついに止まってしまったのではないでしょうか?

自殺という最期の選択は、
その狭い世界から逃げ出したいと思ったからではないでしょうか?

なので気を付けなければいけません。
自分で決めつけた ”自分ができないこと”には。

 

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